2012年10月17日

ざーざー雨の桜木町


中区桜木町


朝の天気に油断した人、折り畳みの小さな影に濡れる人、

一つの傘に寄りかかる小さな愛、むくもりの家路を急ぐ足。

ざーざー雨の桜木町、光る地面に物語が流れている。  


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2012年08月14日

時代の遊びと時代の余裕


神奈川区高島台


今やみなと横浜はマンションだらけ。

同じようなマンションが、空に向けて生えている。

家電もそうであるが、一昔前のデザインには個性と遊びがあった。

横浜の街道の隅の路地で、
少し残っている意匠を見ながら時代の余裕を感じてみる。
  


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2012年07月27日

みなとみらいにはトンネルがある(2)


中区みなとみらい


みなとみらいにはトンネルがある。

歩くには少々不気味で、この時期は歩道が草で遮られる。



高島方面から、ほんの少しだけショートカットで桜木町につづく。
  
タグ :横浜夜景


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2012年07月06日

暗がりの高架下の狭間に指すは町の光


西区高島


暗がりの高架下の狭間に指すは町の光。

右側はゴトゴトと流れる電車の音が響き、

廃線となった左側は国道の音と空気を溜めている。


かつては、高架下に工場が連なっていた。



塗り替えられたコンクリートにその面影は既に薄い。
  


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2012年07月02日

トーキュートンネル


神奈川区台町・東横フラワー緑道 高島山トンネル


ここは東急東横線が高架だった頃の線路跡。

横浜駅手前の洞道は、人道のトンネルに変わっている。

少し暗い丘の下で、妙に明るい不思議な場所になっている。
  


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2012年06月20日

歩道の上に置かれた日劇


中区若葉町・横浜日劇(現解体)


看板を外す工程の一部始終を撮影した写真が出てきた。

他に撮影したのはJ&Bのスタッフ、少々貴重であるかもしれない。



ネオンは横浜市に寄贈され、Y150で活用されるとの話であったが、

何も活用されず、今はどうなったのかも分からない。


☆馬車道 週末ギャラリーに出展中!   


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2012年05月27日

煉瓦の蔵の生き抜いた時代


中区長者町・菓匠しげた


飴屋、水飴卸を経て、和菓子を始めたのは三代目の頃。

飴屋当時の砂糖や飴を保管する煉瓦の蔵が出来たのが大正時代。

関東大震災も、戦火も逃れ、戦後は米軍に接収された為、

工場の移転を余儀なくされたが、おかげで蔵は取り壊しを免れた。

その激動を生き抜いた蔵も、いつの間にか、ひっそりと静かに、

解体されてしまったらしい。

  


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2012年05月07日

慈しみ深き、晴天の日に


中区山手町・カトリック山手教会


通り過ぎる道に見つけた幸せ。

急ぎ上る階段の上、これから誓う永遠の幸せがある。

  
タグ :横浜


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2012年03月26日

竜宮城は消えてゆく


中区日ノ出町・竜宮美術旅館


味のある元旅館、アートな場として一時再生していましたが、

日ノ出町駅前の再開発で閉館となったようです。
  


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2012年02月13日

三味線の音色であふれていた街(2)


南区新川町/二葉町


日本の道路網の始点である東京の「日本橋」、

読み方が異なりますが、同じ名前の橋は大阪にも存在します(参照)。

そして横浜にも、かつて「日本橋」がありました。



その橋の近くのエリアは「ハマの日本橋」と呼ばれた街。

マンションだらけの静かな住宅地もかつて賑やかな花街でした。

少し窮屈そうですが、当時の見番も残っています。
  


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2012年01月26日

三味線の音色であふれていた街(1)


南区井土ヶ谷上町・町内会館

京急井土ヶ谷駅から、大岡川に向う大通りを、
ほんの少し入った夜は静かな住宅街。

かつてここは、横浜の奥座敷「花街」であったらしい。

ほとんど名残はないが、唯一芸者さんの事務所と
言える「見番」が大切に町内会館として利用されている。




  


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2012年01月17日

何となく違和感のあった夜


西区桜木町


少し暗い、いつもより、なんとなくランドマークが寂しい。

よく見ると、上部のホテルの客室がすべて真っ暗。

正月明けで、お客様が少ないのか・・・?
とも思いましたが、定期点検で朝まで停電だったそうです。
  


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2011年11月25日

磯子火力発電所


磯子区新磯子町

ヘリコプターの騒がしさに気づきつつも、あまり気にしては
いなかったが、遠くコンビナートに妙に明るい白煙が流れていた。

24日22時過ぎに出火、翌25日7時45分頃鎮火、
電力需給には大きく影響しないらしい。

何かと落ち着かない年も、もうすぐ十二月に入る。
  


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2011年07月21日

時の溜まり留まる駅


鶴見区生麦・JR国道駅

久しぶりに訪れた。
suikaが使えるようになっていたのが大きな変化。
時の溜まった駅は今も変わらない。



  


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2011年06月06日

共に消える細い道


西区南幸

48年続いたホテルも、シァルと共に消える。

屋台の似合う細い道、少し怪しい昭和の道。

数年度には面影もなくなるのであろう。  


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2011年04月03日

横浜シァルのある光景


南幸1丁目1番地1号・横浜シァル

横浜の地下街は複雑である。

不自然で半端な階段がいくつもあるのが不思議であった。

それがビルのつなぎ目であったことがわかったのは
はずかしながら結構最近の事。

そして、その階段の一つが塞がった、
横浜シァルが閉店し、隣のホテルと共に解体が始まる。

横浜人の思い出と記憶と、見上げる空がまた一つ消えてゆく。  
タグ :横浜西口


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2011年03月18日

一週間前、あの日


花咲町

あれから一週間、

まだ災害は落ち着かず、

応援も我慢も援助も、小さな事しか我々は出来ないが、

でも、きっと、でも・・・きっと立ち上がる事が、

そしてそれを支える事が出来るはずである。

  


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2011年03月14日

四日前、あの日


西区某所

壁の崩れた非常階段を降り、
人だかりの某みなとみらい地区に一時避難した。

続く揺れの中、隙間を縫って連絡を取る携帯電話を片手に、
知り合いの安否を気にしながら、
電車の止まった夜、人の流れに紛れ徒歩で帰る。

あの日から四日が経過した。

混雑、停電、少し不便な生活が続いてゆくが、
同じ時間を悲しみと不安で過ごす人がいる。
危険な場所で最悪の事態を避けようとしている人がいる。

それに比べれば、ちっぽけな不便である。



  
タグ :横浜大震災


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2011年01月27日

広い敷地の中で崩れゆく


神奈川区守屋町・旧日本ビクター横浜工場傍

歴史的建造物のファサードが認定解除され解体されるまで、
ほんの一瞬の事であった。

広い敷地の工場も、元気の萎えた日本の景気の中に
静かに静かに崩れ消えてゆく。
  


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2011年01月12日

海に背を見せる女王


海岸通・横浜税関(クイーンの塔)

三塔を巡り眺めると願いが叶う・・・
と言う、観光の為に作られた怪しい都市伝説はさておき。

海と反対側が正面玄関であるが、塔を含めた意匠の美しさは、
海からきれいに見えるように設計されている。

  


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