2008年10月07日

石畳と赤煉瓦の銭湯


戸部・松島館

細い路地の少し埋もれた石畳、銭湯の暖簾がゆるりと揺れる。

その路地の突き当たり、右に曲がるとそこも路地、
銭湯の大きな窓に照らされた煉瓦の小屋がそこにある。



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Posted by 昌虎・ショージ at 05:59│Comments(3)建物
この記事へのコメント
(懐かしい風景で)こんばんは・・・この近くに上の伯父の家があるので、この銭湯は昔から知っていました。 ここから京急戸部駅に向かった途中に、「大山湯」という銭湯があって・・・そこの主人が『大山ねずの命神示事教会』の開祖の供丸斎でした。 その信者だったニ代目教主の供丸姫宅は(現在の自宅の近くなので)横浜英和女学院で同級生だった人が知り合いに何人かいます。

まだ自己と世界が分離していなかった、ものごころが付く少し前・・・世の中には私と、私を護ってくれる人しかいませんでした。 そんな善き大昔の頃、下の伯父を頼って引っ越してきて白金町一丁目(伯父の近くで、黄金町駅のホームのガード下)に3ヶ月ほど住んだことがありました。
Posted by 白金 at 2008年10月07日 21:23
>白金さん
こんにちは!
大山湯のお話、
噂では聞いたことがあったのですが、生の情報は初めてです。
場所は、今宿泊施設になっている所なのでしょうか?

ガード下にもお住まいだったのですか!?
京急、大岡川周辺の当時のお話、またお聞かせ下さい。
Posted by seawallseawall at 2008年10月08日 08:04
こんにちは・・・大山湯跡は現在、たしかマンションになっていたんでしょうか。 亀田病院と松島病院の中間辺りの戸部本町にあったので、近くの年配者に尋ねると分かるでしょう。

書き出すと際限がないのですが(一例として)・・・昭和29年頃の(大岡川の)鶴巻橋付近には、ギンヤンマの大群が群れていました。 昭和34年頃でも、食用ガエル(ウシガエルじゃないと思いますが?)のオタマジャクシが取れたものでした。
Posted by 白金 at 2008年10月08日 12:14
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