2011年04月14日

桜は時代を見つめている


共進町・共進中学校

大正二年、国内向け万博「勧業共進会」が開催された
ことから、共進町と言う町名になったらしい。

中村川を共進町へと渡る共進橋は昭和に建て替えられ、
親柱のみが中学校の門に設置されている。

その親柱の後ろには、混乱する平成の桜が咲いている。


タグ :横浜夜桜

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Posted by 昌虎・ショージ at 23:19│Comments(4)
この記事へのコメント
こんばんは。
桜もだんだん葉っぱが混じってきましたね。

「共進」。どこか古めかしい感じのするこの言葉が、
今の日本には似付かわしいように思います。
Posted by Mond at 2011年04月15日 00:46
サクラと校門をみると、確かに歴史を感じます。
そんな年齢になってしまいました。
Posted by なっちゃん at 2011年04月15日 21:56
>Mond さん
こんにちは!
春ですね。

国を豊かに共に進む意味だったのでしょう。
後に打ちのめされ、ここも戦後は米軍に接収されていたようです。

「共進」、確かに今必要な言葉の一つですね。
Posted by seawallseawall at 2011年04月15日 23:55
>なっちゃん さん
こんにちは!

学校に桜、世代に関係なく心にある光景だと思います。
今は散り行く花が道を染めています。
Posted by seawallseawall at 2011年04月15日 23:57
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