2011年11月16日

最後のその前に


中区宮川町


長く平穏な時代が続く江戸時代、開港よりもずっと前、横浜村の
奥の入り江の海が新田開発のために埋め立てられました。
現在の大岡川左岸は静かな半漁半農の海岸沿いの村、そして
右岸(現・伊勢佐木町一帯)は遠浅の海でした。



江戸時代の末期、横浜は開港により発展を遂げ、新田であった
土地は市街地へと変貌を遂げてゆきます。

昭和五年、湘南電気鉄道の開業に伴い、「黄金町駅」が浦賀に
向かう始発駅として開通しました。
そして、昭和二十年五月、突然横浜を襲った空襲、停車した車両
の乗客と、避難してきた住民の上に焼夷弾の雨が降り、黄金町駅は
横浜空襲を語る上で切り離せない大きな惨劇を生みました。

やがて戦争が終わり、米軍の接収を逃れた大岡川のほとりに家を
失った人々がバラック小屋を立てて生活を始めます。
川下の野毛町一体には闇市が出来、川上の日ノ出町、黄金町一体では、
飲食店などの商売も始まり、やがてそれは、非合法の売春が行われる
特殊飲食店街、麻薬銀座と呼ばれる裏の街へと変わって行きます。
(※黒澤監督の映画「天国と地獄」でアヘン窟として描かれる)



黄金町の麻薬は国会でも大きな問題となりました。議員も含めた撲滅
運動により麻薬はやがて浄化されましたが、非合法の特殊飲食店は
その後も残り続けます。

一九九〇年代、黄金町を舞台とした映画が上映されます、
「濱マイク」シリーズです。
昭和二十七年開業の映画館「横浜日劇」を舞台に三部作が、そして後に
ドラマが作られました。「黄金町」はアウトローな街として、
ファンから注目を浴びることとなります。
(※現在、横浜日劇は解体)



二十一世紀が迫る頃、耐震工事のため高架下から店舗が立ち退くと同時に、
プレハブ状の売春宿(ちょんの間)が乱立を始めました。大岡川を真っ直ぐ
下ると「みなとみらい」までそう遠くない場所です。
ショッキングピンクのネオンに肌もあらわな女性、観光地として開発の
進む近代的な"みなと"とは対照的なその光景は、やがて興味本位の人も交え、
週末は人だかりが出るほどの奇妙な賑わいを見せました。

徹底した一斉摘発が始まったのは二〇〇五年、イタチゴッコの続いた取締り
に終止符が打たれることとなります。

日本の近代化と発展、そして経験した破壊と焼け跡、
幻のマネーゲームに浮かれ、やがて大きく弾けた夢。

沈む夕陽と、昇る太陽を眺め、打ちのめされ、それでも強く立ち上がった
「日本」の風は、今もこの川沿いに漂い流れ続けています。

夜展 明日11/17 21:00まで)



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Posted by 昌虎・ショージ at 23:24│Comments(0)イベント
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